クルクミン研究室

クルクミン研究室

クルクミンとBDNF

BDNF(脳由来神経栄養因子)とは

BDNF (brain-derived neurotrophic factor)は「脳由来神経栄養因子」と呼ばれ、神経細胞の発生や成長、維持、修復に働き、さらに学習や記憶、情動、摂食、糖代謝などにおいても重要な働きをする分泌タンパク質です。

※分泌タンパク質とは:細胞が作るタンパク質のうち、細胞内輸送を受け細胞外に放出されるタンパク質。

 

  • ・Thoenen H,et al: Science, 270: 593-98(1995)

  • ・Bibel M,et al:Genes Dev, 14:2919-37(2000)

  • ・Poo MM,et al.: Nat Rev Neurosci, 2: 24-32(2001)

  • ・Carter AR,et al.: J Neurosci, 22: 1316-1327(2002)

  • ・Lu B and Figurov A;. Rev Neurosci, 8:1-12(1997)

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BDNFはその受容体であるTrkB(脳由来神経栄養因子受容体)と高親和性に結合し、細胞内のシグナル伝達系を介して、その生理作用を発揮します。

  • ・Thoenen H,et al:Science, 270: 593-98(1995)

  • ・Ying SW:J Neurosci, 22:1532-1540(2002)

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一方で、運動が脳内のBDNFを増加させるとともに、学習や記憶のパフォーマンスを改善させることも動物実験により報告されています。

  • ・Neeper SA,et al:Brain Res, 726:49-56(1996)

  • ・Cotman CW: Exerc Sport Sci Rev, 30:75-79(2002))

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またBDNFを脳室内あるいは皮下や腹腔内に投与することにより、体重の増加が抑制され糖代謝が改善されることも報告されています。

  • ・Nakagawa T,et al: Diabetes, 49:436-444(2000)

  • ・Nakagawa Tet al: Diabetes Metab Res Rev,18:185-191(2002)

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近年、このBDNFの発現量がうつ病やアルツハイマー病の脳(主として海馬、大脳皮質)で減少していることが確認されており、精神科領域においては特に脳や神経への作用が注目されています。

実際、多くの精神疾患では脳のBDNFが減少していることが確認されており、これによって神経が十分に発達できなかったり、ダメージから保護されなくなるため、精神疾患が発症しやすくなってしまうのではないかと考えられています。

 

 

神経栄養因子とは

 

 

神経栄養因子(Neurotrophin)とは神経細胞の発生・成長・維持・再生を細胞の外から働く、液性(可溶性:水に溶ける)のタンパク質の総称で、これまでに様々な栄養因子が同定されています。

神経栄養因子として1971年に最初に発見されたのはNGF(神経成長因子:nerve growth factor)であり、最初の発見者Levi-Montalchiniらは1986年にノーベル医学生理学賞を受賞しています。ついで発見されたのがBDNFでBradeらによってブタの脳から単離・精製されました。(Barde YA,et al:. Neuron, 2: 1525-1534(1989))

更にこれらの成長因子との遺伝子相同性に基づいて、第三の因子Neurotrophin 3 が発見され、最初発見されたNGFはNeurotrophin 1 (NT-1)、BDNFはNT-2と呼ばれ、現在ではNT-4,5 まで発見されています。

 

 

NGFは末梢神経系でアドレナリンを神経伝達物質として持つ、交感神経の細胞に対し作用し、中枢では主に大脳基底野のアセチルコリンを持つ神経細胞に作用することがわかっています。

 

 

クルクミンはBDNFを増加させる働きがある

2008年に中国の北京大学の研究で、クルクミンが脳由来神経栄養因子(BDNF)のレベルを増加させ、脳由来神経栄養因子受容体(TrkB)を活性化することにより、ラットの大脳皮質神経細胞において、グルタミン酸興奮毒性から保護することの報告があります。

  • ・Ying Xu,et al:Brain Research, 1122(1), 56-64(2006)

  • ・Laura L. Hurley,et al:Behavioural Brain Research,239(15) February:27-30(2013)

  • ・Dexiang Liu,et al:Behavioural Brain Research, 271(1):116-121(2014)

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グルタミン酸興奮毒性

 

グルタミン酸は興奮性神経伝達物質として重要な働きをもちますが,過剰に存在すると細胞毒性を示します。グルタミン酸受容体が過剰に活性化されると,過大なカルシウムイオンの流入が生じ,カルシウム依存性酵素の活性化,ミトコンドリア機能不全,アポトーシスなどを引き起こすなど、神経細胞障害作用を持ち,多くの精神疾患に関与しています.(Choi DW. Neuron. 1:623-634(1988))

 

また、クルクミンの認知症の有効性を検証するためのモデルラットを用いた実験において、BDNFとの関係性について報告されているものがあります。

  • ・Somayeh Hosseinzadeh,et al:Pharmaceutical Biology 51(2): 240–245(2013)

  • ・Sung Min Nam,et al:J Med Food 17 (6) :641–649(2014)

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その中で、クルクミンの認知症に対する作用機序は、海馬でのBDNF増加作用によることを示唆している報告もあります。

  • ・Lu Zhang,et al:PLoS ONE 10(6):June 26(2015)

  • ・Hoppe JB,et al:Neurobiol Learn Mem. Nov:106:134-44(2013)

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ピペリン(黒胡椒)が海馬のBDNFレベルを上げる

慢性弱ストレス(chronic mild stress, CMS)処置をしたうつ病のモデルマウスにピペリン(2.5・5・10mg/kg)を14日間投与した実験で、CMSストレスを受けたマウスの海馬中の脳由来神経栄養因子(BDNF)の濃度を上昇させ、海馬ニューロンを用量依存的に保護する働きが示唆された。(Song Li,et al.,Life Sciences,80(15), 1373-1381.2007)

BDNFと「うつ病」の関係について

 

近年提唱されたうつ病の原因として「神経可塑性仮説」があります。この仮説は、モノアミン仮説から派生した仮説です。

 

 

うつ病では樹状突起萎縮、スパインの退縮など神経細胞の変化が起きており、抗うつ薬のBDNF増加作用によってこれらを改善させるという神経可塑性仮説が現在の主流になっています。

 

神経可塑性仮説では、うつ病はBDNFが減少することが原因だ、と考えています。今後は、BDNFを増やす作用やtrkB受容体を刺激する成分がうつの治療や予防に期待されています。

 

 

神経可塑性仮説のメカニズムは、ストレスへの暴露がコルチゾール分泌の促進を介してBDNFをはじめとする神経栄養因子の産生を減少させ海馬のCAI,CA3,顆粒細胞層(図参照)での神経細胞新生を減少させ、抗うつ薬、電気けいれん療法および経頭蓋的磁気刺激療法が低下したBDNFを回復させるというものです。(吉村玲児ら,神経栄養因子BDNF仮説の検証,精神経誌,112(10):982,2010)

BDNFとうつ病との関連を示す研究として、うつ病患者の脳では、海馬を含むいくつかの領域でBDNF蛋白量の減少が認められる、うつ病のモデル動物では海馬のセロトニン作動性神経線維の脱落が認められるが、BDNFはセロトニン作動性ニューロンの生存維持に作用する、等が報告されています。(Erickson KI ET AL:Neuroscientist.18: 82-97(2012))

うつ病患者で血清BDNFが低下していることが報告され(Karege,F:Psychiatry Res,109;143-148,2002)、その後、健常者と大うつ病性障害を対象とした血清BDNF濃度を測定し比較したところ、うつ病患者が優位に低下していたことがわかりました(森寿,脳神経科学イラストレイテッド改訂第2版,204,2006)さらにうつ病患者群のうつ病評価尺度の得点と血清BDNF濃度に有意な負の相関が認められ、抑うつ状態が強いほど血清BDNF濃度が低値になることが示されています。(吉村玲児ら,精神経誌,112(10):983(2010))

また、血中のBDNF動態が脳内BDNF動態との関連についても、BDNFが血液脳関門を通過する(Pan,W,et al:Int J Neuropsychopharmacol,13:535-539(2010))ことや、マウスの大脳皮質BDNF量と血清BDNF濃度が相関すること( Karege,,et al:Neuroci Lett,328:261-264(2002) )等から、血中のBDNF濃度が脳内のBDNF動態を反映する可能性を示唆しています。